舌癖が歯並びに与える影響と矯正治療での改善方法
舌癖とは?歯並びに影響する“舌の位置・クセ”を知る

「舌癖(ぜつへき)」という言葉をご存じでしょうか。舌癖とは、日常の無意識下で上下の歯の間から舌が出る・舌で歯を押すといった動きが続く状態を指します。
私たちは一日に数多く嚥下を行います。この時に舌が適切な位置にないと、毎回歯に持続的な圧が加わることになります。
舌は筋の集まりで、継続する圧は歯列に影響します。舌位が崩れていると、前歯が前方へ傾く(上顎前突)、上下前歯が噛み合いにくい開咬などのリスクが高まることがあります。
舌癖は歯並びだけでなく発音にも影響することがあり、サ行・タ行・ナ行で舌足らずな発音がみられる場合があります。
正しい舌の位置とは
舌の基準位置は**「スポット」と呼ばれる部位です。上顎前歯の後方、口蓋ひだ付近に舌尖が軽く接触し、舌背の広い面が上顎側へふんわり接している**状態が理想とされます。
反対に、舌が上下の歯の間や下方に垂れている状態は低舌位と呼ばれます。横から見ると、舌先が前歯裏に触れ、舌全体が上顎側へ寄る配置が目安です。
正しい舌位は歯並びだけではなく、口腔機能や全身のコンディションにも関わります。
舌癖が起こる原因とセルフチェック方法

主な原因として、以下が考えられます。
- ・幼少期からの指しゃぶり:4〜5歳以降も続くと、前歯間にスペースが生じやすく、開咬や前歯の前方傾斜につながる場合があります。
- ・鼻閉による口呼吸:アレルギーなどで鼻呼吸が難しいと口呼吸が習慣化し、舌位が下がりやすい傾向になります。
- ・舌小帯短縮症:舌小帯が短いと舌挙上が制限され、舌位が安定しにくくなります(舌尖がハート形に見えることがあります)。
- ・乳歯の早期喪失:歯の欠損部に舌を押し当てるクセが残ることがあります。
セルフチェック
唾液(または少量の水)を飲み込み、舌が歯に触れる感覚があれば舌癖の可能性があります。
鏡で「イー」の口の形を作り、唾を嚥下。歯間から舌が見える/歯に舌が当たるなら舌突出癖のサインです。
ガム法(ガムを丸くして上顎へ押し当てる)で丸めにくい/前歯に付着する/縦長になる場合も、舌位の見直しが必要かもしれません。
低舌位のよくある所見:舌側縁に歯形の圧痕、口が開きがち、声が小さい・滑舌不良、咀嚼時のクチャ音、いびき などが続くときは要注意です。
舌癖が歯並びに与える具体的な影響
嚥下や発音のたびに舌が歯へ前方・側方から圧をかけると、筋圧バランスが乱れます。歯は顎骨・頬筋・舌筋の力関係の中で位置づけられており、バランスが崩れると排列に影響が及びやすくなります。
想定される変化
- ・開咬:上下前歯が噛み合わず隙間が残る。
- ・上顎前突(出っ歯):上顎前歯が前方へ傾く。
- ・下顎前突(受け口):低位舌などで下顎位が前方に出やすくなることがあります。
加えて、狭窄した上顎歯列、発音しづらさ、舌筋力低下、気道の狭小化から口呼吸傾向が強まるケースもあります。
矯正治療中は歯が動きやすいため、舌癖が残存すると移動の妨げや後戻りの一因になり得ます。過度な負荷は歯根吸収のリスクにも関わるため、早期介入が望まれます。
舌癖の改善トレーニング方法

口腔筋機能療法(MFT)は、口唇・舌・頬など周囲筋の協調を整え、正しい舌位・嚥下を習慣化する訓練です。舌癖が主因なら、装置を用いなくても一部の改善が得られる場合があり、矯正治療と併用すると後戻り抑制に役立つことがあります。
自宅でできるベーシック(1日2セットを目安に)
- ・舌を平ら⇄尖らせる動きを交互に行う。
- ・箸を口前に置き、尖らせた舌尖でまっすぐ軽く押す。
- ・箸を舌中央に当て、舌を上方向へ持ち上げる。
- ・口を開け、舌先で上くちびるをゆっくりなぞる。
- ・上を向いて口を開け、ガラガラうがい→停止で舌・咽頭の協調を確認。
まずは咀嚼・嚥下に関わる基本筋力を整え、舌・口唇・頬のバランスを段階的に調整します。継続が要となるため、無理のない頻度で積み上げていきます。
矯正治療における舌癖への対応
想定されるリスク
- ・治療期間の延長:舌圧で移動が抑制/後戻りが起こることがあります。
- ・歯根吸収・歯の負担:不適切な力が続くと歯根や支持組織への影響が懸念されます。
- ・治療後の安定性低下:舌癖が残ると後戻りリスクが上がります。
対応の一例
- ・舌癖防止装置(タングクリブ等):舌の前突を物理的に抑制し、習癖除去と移動を並行。
- ・舌側矯正(リンガルブラケット矯正装置):適応により舌の前方突出が起こりにくい環境を作り、癖の自覚・修正を促すことがあります。
- ・MFTの併用:正しい舌位・口唇閉鎖・嚥下パターンを獲得し、安定性の向上を目指します。
舌癖と矯正治療の関係性〜症例から学ぶ
骨格性の不正咬合に舌癖が重なると、受け口傾向が助長されたり、開咬が改善しにくいことがあります。この場合、舌癖の是正と適切な装置選択を同時並行で進めることが重要です。
開咬症例では、舌が前歯間へ入り込む癖が主因の一つとなることがあり、タングクリブ等の補助とMFTの併用で前突動作を抑えつつ歯の位置を整える方針が検討されます。
重度の骨格性開咬などでは、外科的矯正(上顎・下顎の骨切り術など)を併用する場合もあります。適応可否は個別の診査診断にもとづき検討します。
まとめ:舌癖の改善と矯正治療の安定のために
舌癖は歯列・咬合に影響し、矯正の進行や安定を左右します。原因(指しゃぶり・鼻閉による口呼吸・舌小帯短縮・乳歯早期喪失など)を踏まえ、セルフチェックで気づきを得たら、MFTや装置の工夫で無理なく是正していきましょう。
正しい舌位(スポット)と適切な嚥下を身につけることは、発音の明瞭化や全身コンディションの改善にも寄与します。矯正治療を検討される際は、舌癖についても合わせて相談してみてください。
大阪市北区のみなみもりまちN矯正歯科では、個々の状態に合わせた計画立案と舌癖へのアプローチ(MFT併用を含む)をご案内しています。詳細は当院公式サイトの料金・期間のご案内をご参照ください)。
著者情報
院長 農端 健輔

経歴
2007年大阪歯科大学 卒業
2012年大阪歯科大学大学院私学研究科博士課程修了
2012年大阪歯科大学歯科矯正学講座において助教として勤務
2016年日本矯正歯科学会 認定医取得
2017年みなみもりまちN矯正歯科 開設
所属団体
近畿東海矯正歯科学会
日本矯正歯科学会
日本顎変形症学会
日本口蓋裂学会
World Federation of Orthodontists






